人的資本経営と国内の論調の問題点、必須のツールの解説
人的資本の論点と日本の人的資本経営の特質
人的資本経営については論点がグローバルの状況や会計理論・経営理論などの最新状況と直結する側面もあるため非常に論点が高踏的・衒学的になりやすいところがあります。特に、欧米で重視される論調であるESG経営における財務価値や企業価値、あるいはHRテクノロジーの高度な利用のいずれかに偏る論調が多く見られます。
こうした議論については、特に国内の実務においてははっきり言って「そこまで必要はない」議論が目立つと感じています。かつ、そういった論点は実務としての人事労務目線が非常に薄い場合も多く、踏まえなくても(踏まえない方が)意味がある実務の成果を構築し得るのではないかと感じることもあります。人的資本経営とは、企業規模問わず取り組めるシンプルな実践です。
人的資本経営の取り組み方とツール
筆者が自身のWEBサイトで配布している「人的資本経営課題整理ツール」がありますが、筆者が企業への人的資本経営の整備支援で使っているものです。人的資本経営の環境整備や状態の整備・課題化している事項の内容や深さを判別するためのもので、人的資本の経営の体制から重要な事項、国内の制度開示の論点についても網羅したものです。
人的資本経営の本質は極めてシンプルです。「現代の企業における人材戦略上の重要な内容(=人的資本)を捉え、課題設定と解決を経営の基軸とし、働きやすく成長する企業をつくる、かつ、それを制度的義務や経営目的に応じて開示する」というものです。上記ツールは、これを行うための補助ツールとして必須のものであり、このツールに課題を書き込んで全体を俯瞰した方針を設定する話し合いを行い、人材戦略を決めて実行することこそが要は人的資本経営の方法であり、かつ全てです。
人的資本経営の詳細な枠組み
上記シートにも書いてある枠組みと、もう少し詳細なプロセスについて述べます。人的資本となる内容にも国際的な枠組みや国内の制度でだいたい共通の理解があります。ライフステージや特性に関わらない活躍と多様な働き方の促進(ダイバーシティ)・働く方のやる気や当事者意識の測定(エンゲージメント)・育成とスキル・コンプライアンス・健康安全・報酬と生産性・定着や離職など(流動性)、などです。簡単な概念図を示します。
①「人的資本」として把握される要素を重視して現状を把握し、経営的な意思決定として②KPI設定・改善を行います。基本的にはこの部分が人的資本経営の中核です。この①②の、現状把握とKPI設定・改善を定期的に行い、その企業の人材戦略の基盤になります。
その上で、①②のプロセスを行う方針や状態、成果について③の開示を行っていく、ということになります。これは、①②のようなプロセスで人材戦略を定めている場合、方針が明瞭であり経営情報として外部から理解しやすいことの他、企業のアイデンティティが表現しやすい情報となり、採用や広報など様々な点で有利なものであるからです。
資本市場において開示がされれば投資家への重要な情報となり、内容によって企業への信頼性や評価が向上することは十分に考えられるでしょう。
この開示内容には、まずは「独自性」「独自のストーリー」と呼ばれる、経営戦略を踏まえて人材戦略をどう行っていくのかを言葉で表すことが中心となります。その上で、「比較可能性」の観点で、様々な指標を自由に使って分かりやすくするということです。本ツールはそのためのものです。
人的資本経営の整備支援を行っているとしばしば感じるのが、あまりにも制度の一部の各論へのこだわりが強すぎたり、非財務情報の全体の視野やIRの視野で問題を捉えすぎていて人材戦略の各論視点が薄すぎたり、国内の特に人事労務・法務関係の制度と矛盾した文脈での理解が多いこと、また「とにかくシステム整備が重要でそれを行えば良い」などというテクノロジーの偏重姿勢などが問題だと感じます。
こういう偏った視点を捉えず、ツールを活用してより広い視野で臨むようにしましょう。そして、こうした取り組みは上場・非上場問わず、企業規模も問わず全企業で有効なものであり、変化に満ちた現代への企業の対応と、働く方一人ひとりの自律性の実現を可能とするものなのです。
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筆者:松井 勇策 社会保険労務士・公認心理師・認定 AI ジェネラリスト
フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域:人的資本経営論等) (一社)人間能力開発機構 評議員 人的資本経営検定試験委員長(関連資格)GRI スタンダード国際認定・ISO30414 アセッサー 東京都社労士会 先進人事経営検討会議 議長 名古屋大学法学部卒業後、株式会社リクルートにて組織人事コンサルティング、のち経営管理部門で法務・IT マ ネジメント・東証一部(当時)の上場監査等を行う。社労士・公認心理師の資格取得後に独立。人的資本経営の情報発信やコンサルティング・成長企業のIPO労務監査等を多く実施、ほか適性検査やエンゲージメントサーベイなどHR 関係商品の開発顧問、HR 関係メディア制作顧問等も複数行っている。
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